面接官としての基本スタンス

プロの代行面接官として、面接官研修講師として、私がとっている基本スタンスをひとつ、ここに述べ置きます。わたくしへ依頼なさるかどうかの検討材料にして頂きたく思います。

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面接とは導き

『落とす』という表現は使わないようにしている。
確かに、こちらが求める能力を明らか有していない応募者には、そういう表現も当てはまるかもしれない。
だが、<企業が人を採用する><応募者が企業に就職する>という行為は、誠に結婚と同じであって、ひとえに相性の問題に尽きるところがあり、『受かる』『落ちる』といった受験用語はそぐわないように思われる。

ある経営者の話だ。その方のもとに最終面接でやってきた若者がいた。その若者は能力も高く、人格も清廉で、眉目秀麗の好青年だ。だが、その経営者は、部下の強い推薦があったにも関らず、その青年を採用しなかった。経営者の視点から見て、今の会社の進むべき方向性に合わなかったからだ。
それに、その経営者はその青年にはもっとふさわしい世界があることを知っていた。『親心というのは変だが』とその経営者は言ったが、彼の将来を思い、彼にとってよりへ良い世界へと導くべく、泣く泣く不採用にしたのだ。



志望度を高めるところから始まる

これは理想論に過ぎようとの声もあるかも知れない。だが、私は面接とは斯くあるべきだと考えている。すなわち、


面接とは応募者を「よりふさわしい世界へ導く」行為である。

不採用とは、応募者とこちらとの現在・将来の方向性に照らしあわせてみて相性が無い場合に、応募者を「別の職場へと導く」行為である。

採用とは、応募者に対してこちらと相性があることを明確に知らしめ、志望度を高め、「こちらへと導く」行為である。


このように『面接』『不採用』『採用』は「導く」という言葉をキーワードとして定義付けられるのが理想であろう。だが、ここで現実的に考えたい。特にこの『採用』という行為について。
採用側・応募者側双方の現在・将来の方向性が一致しているとして、採用の判断を下したとしよう。しかし、いくらその応募者を採用しようとしても、応募者側がその相性に気付かず、志望度が低ければ、内定を出しても逃げられてしまう。面接官として最も恐れるべきは、内定通知後に逃げられること、そして、入社後数年で逃げられること。その事態を避けるためにも、面接官は応募者の「能力」を見極めるのはもちろんのこと、彼彼女らとの「相性」を調べ上げつつ、応募者の「志望度」を高める応対をしなければならない。
いや「能力」→「相性」→「志望度」と考えてはいけない。そもそも「能力」「相性」を見極めようにも応募者の「志望度」が低ければ、彼彼女らは本気を見せてくれない。「能力」が低いように見えても、それは相手の「志望度」がそれほど高くないからかもしれない。良い人材を見逃す(あるいは獲得に失敗する)3大要因の1つは、「応募者の誰に対してであれ、志望度を高めるよう応対する」ことへの怠慢である。(後の二つは面接官の許容範囲の問題と私的感情の問題。)だから私は言うのである。

応募者をより良い方へ導くためには、彼彼女らの志望度を高めなければならない。
いや、より良い方へ導こうとする基本スタンスがあるから、応募者の志望度も高まるのである。
全ては志望度を高めるところから始まるのである。



我々だって試されている

では、どうすれば応募者の志望度を高められるのか。
先程の『落とす』という単語に触れてもわかるが、面接官は相手にいわば仕事を与える立場であるから、つい『自分たちを上位の者、応募者を下位の者』と無意識のレベルで判断基準を設けてしまう。だが、常に思い出しておくべきだ。内定を出してしまえば、そしてその応募者が複数の内定を獲得していれば、今度は我々が落とされるかどうかの審判に晒される番であることを。
そのことを採用選考の前提として常に誰に対しても意識するのなら、面接官とて『落とす』という単語は迂闊に使えなくなる。すなわち、面接では、面接官だって、その他の社員の対応だって、応募者に試されているのだ。この「こちらだって試されている」というスタンスを常にとって自分の言動に気を払えば、自ずと相手の志望度は高められる。相手の将来のことを、それこそ場合によっては「相手のために不採用」にするという覚悟を持って、考えるようにすれば、応募者の心は最初の志望度に関係なく、高まっていくものなのである。
そう、この『最初の志望度に関係なく』というのが肝心なのだ。それはお互い様なのだから。お互いがお互いを試し試されている、そういう対等な関係として相手のことを興味を持って知ろうとすれば、より良い相性が生まれるものなのである。

わたくし饗庭は、常日頃から学生・求職者に接してきて、何度も見ている。面接官の対応ひとつで応募者の心が劇的に変わっていくのを。良い方にも、悪い方にも。



利害関係

以上のことをまとめて、わたくし饗庭は面接官としてどのような基本スタンスを採っているかを一文にしよう。

「自分も試されているという意識を常に持ち、応募者とクライアントとの相性に注意を払い、応募者を採用・不採用に関係なく、より良い方向へと導くために、志望度を高める」

ということになろうか。
ここで、このまとめの一文をもう一度よく読んでいただきたい。
今まで綺麗事ばかりを述べたかのように思われるかもしれぬが、そうではない。この「より良い方向へと導くために、志望度を高める」というのは、能力・相性を見極めるよりも相手の志望度を高めることを優先していることを意味する。それは応募者の志望度を高めてから不採用へと「導く」という意味も多分に含まれている。このシビアな面も汲み取っていただければ幸いである。

シビアに考えれば、実はもう一つ、わたくしの基本スタンスとして申し述べておかなければならないことがある。いや、これはわたくし饗庭が意図して採っている基本スタンスではなく、代行面接官であるなら、どうしてもこういうスタンスになるという事柄である。
ただこれは文面では詳述できない。よって、ただ一言このように表現する。あとはお察しいただきたい。すなわち、

「代行面接官は外部の人間ゆえ社内の事柄について、そもそも私的感情が存在しない」

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以上がわたくし饗庭の代行面接官としての基本スタンスです。技術面などについての詳細は別途お尋ねください。経営者様、採用担当者様のご要望をお待ちしております。
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饗庭 悟 : AEBASATOL

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