古文OUTTAKE - 2 -

 次の文は『紫式部日記』の一節である。この文に見られる筆者の心境として妥当なものはどれか。
                              【市役所 平成10年度】

 しはすの廿九日に参る。はじめて参りしもこよひのことぞかし。いみじくも夢路にまどはれしかなと思ひいづれば、こよなくたち馴れにけるも、うとましの身のほどやとおぼゆ。夜いたう更けにけり。御物忌みにおはしましければ、お前にも参らず、こころぼそくてうち臥したるに、前なる人々の、「うちわたりはなほいとけはひ異なりけり。里にては、いまは寝なましものを、さもいざとき履(くつ)のしげさかな」といろめかしくいひゐたるを聞くきて、
  としくれてわが世ふけゆく風の音に心のうちのすさまじきかな
とぞひとりごたれし。

  ※注  前なる人々・・・筆者と一緒にいる女房たち  いざとき・・・目が覚めやすい


1 久しぶりに参内したものの、物忌みの最中でもあるため女房たちも遠慮し合っており、まるで初めて宮仕えをした頃のような心細く味気ない思いをしている。

2 宮廷は物忌みの最中にもかかわらず人の出入りが繁く、女房たちも里とは違う様子に落着きのないありさまで、なんとなく場違いのような疎外感を覚えている。

3 宮廷は物忌みの最中であり、宮仕えには慣れているとはいうものの若い女房たちにはなじめず、世の移ろいとわが身の老いや慣れが心をよぎり、寒々とした気持ちに襲われている。

4 最初に宮仕えに出た頃はまごついてばかりいたが、年を取った今になってもこの暮らしににはなじめず、若い女房たちの色めいた様子を疎ましく思っている。

5 華やかな宮廷の暮らしに酔っているような女房たちと比べ、宮仕えに慣れて若い頃の新鮮な感激を失い引きこもりがちなわが身を情けなく感じている。






[解説]
 筆者の心境を選ぶ問題ゆえに一瞬「これは難儀だな」という思いが頭をよぎる。心境、つまり心情を表す語は多くの場合、重要古文単語。つまり、大学受験なら前もって記憶しておくべき単語ばかりだからだ。が、これは大学受験ではない。

 だが、今回は本文で救われる。この問題の正解選択肢に該当する文脈は一瞬で分かる。
 この本文には和歌がある。いくら古文が苦手でも、和歌が古文においてどれだけ重要で、和歌には詠み手の深い想いが込められていることくらい知っていよう。ならば、この問題がよほどの悪問でない限り、この問題の正解選択肢は和歌の解釈で作られている。
 というと、和歌の解釈なんて余計難しいではないか、本文で救われていないではないかと思うかもしれない。だが、これは大学受験の古文ではない。これはあくまで公務員採用選考の筆記試験における文章理解だ。和歌の解釈ができなくとも正解が識別できるよう選択肢は作られている。

 この和歌には掛詞があるが、それが分からなくとも『としくれて』『わが世ふけゆく』『風の音』はそのまま素直に捉えられよう。年が暮れる、私も老ける、風が吹く、ここから見えてくるシーンに合う『心のうち』とはどんなものだろう。
 今挙げた3つのフレーズを探知機に選択肢群の照合をかけると、肢1はひっかからない。肢2もなし。肢3は『世の移ろいとわが身の老い』がひっかかる。『寒々とした』も探知機の『風』に合うのでは。年が暮れる頃の風なのだから寒いだろう。
 肢4は『年を取った』がかかる。肢5はひっかからない。

 こうやって見ると、肢3と肢4が正解候補だが、このふたつは勝負にならないだろう。肢3の方が断然ひっかかりが多い。
 もし、和歌にある心情語『すさまじ』が「す冷まし」から生まれた語で、人や雰囲気や風景に対して、冷めた冷たい心情を表す語だと知っていれば、確信をもって肢3が選べる。が、それを知らなくても、そして和歌以外の本文を無視しても、和歌との言葉の一致点の多さで肢3が正解と決められる。

 ちなみに、珍しく他の選択肢に言及すると、その肢4は女房たちに対して直接何かの感想を述べたところはない。和歌は女房たちの言葉をきっかけに詠まれたわけだが、その和歌にも肢文にあるような『疎ましく思っている』という意味を持つ語は見当たらない。
 肢5は『引きこもりがち』が明らかに×。現に筆者は宮廷に出仕して、その様子をこの本文で書いている。肢1は『女房たちも遠慮し合って』に該当する言及が見当たらない。それを受けての『まるで初めて宮仕えをした頃のような心細く味気ない思い』というのもない。
 肢2は、これを素直に読めば『女房たちも~疎外感を覚えている』となる。そういう言及がないという理由でも×なのだが、それよりもこの肢はそもそも設問に対する答えになっていない。設問は『筆者の心境』を選べとあるのだから。女房の心境を述べている肢2は、仮に本文に一致する文脈があったとしても、設問に反している。その意味でこの問題が不正解だった人のなかでも、この肢を選んだ人は最悪だといえる。

 大学受験ではこの肢2のような選択肢はしばしば見られるのだが、公務員の方では珍しい。だが、このことはよく意識して欲しい。というのも、今度は君がこの肢2のような文言をはいてしまうかもしれないからだ。小論文や面接・討論などで。この「聞かれた通りの答えになっていない」という過ちを犯す人は毎年多数いる。注意すべきであろう。

[ 正答 3 ]

<全訳>
 師走の29日に内裏へ出仕。初めての出仕も12月29日の夜であった。本当にあの頃は夢の中をさまよっているようなだったと思い出すと、今はすっかり慣れてしまって、うとましいと自分自身のことを思ってしまう。夜もたいそう更けてきた。中宮様は物忌みの最中でお籠りになられているから、中宮様のもとへは参らず。寂しく横になっていると、私と一緒にいる女房たちが、「内裏のあたりは雰囲気が違っていたわ。自分の里にいたならこの時間はきっと寝ているでしょうけれど、こちらではそうもしてられないほど履音のにぎやかなことよ」となまめかしく言っていた。それを聞いて、
 歳が暮れ夜も更け行き、私も老けゆく、風の音を聞いていると、心の内までも寒々とした風が吹いている気分になることよ
と独り言を言った。


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饗庭 悟 : AEBASATOL

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