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公務員採用選考に対する戦略の「概略」


イントロ、そしてエッセンス

この記事は饗庭が提示する公務員採用選考に対する戦略の「概略」である。詳しい戦略は講義などで示す。
その戦略の「概略」としてここで最も言いたいことを先にまとめておこう。それは以下の2点だ。

2次試験(または1次)以降の人物試験対策を、1次試験の択一試験対策と対等に行わなければ本当に危ない

今まで世間に流布されていた試験対策は今後通用しなくなるが、択一試験の比重が下がる分だけ、発想を切り替えた「君」にとっては以前より公務員になりやすい状況になってきている

この記事では「概略」として人物試験対策の重要性と、択一試験対策として本当に必要な姿勢について言及する。



受験ジャーナル

従来、公務員試験といえば、択一試験ばかりクローズアップされてきた。公務員試験のガイド本などを見ても、大半が科目ごとの勉強の仕方にページ数を割いている。面接・討論などについては『面接対策など人物試験対策も怠ってはいけない』といった注意に留まっていて、人物試験対策を択一試験対策と同等程度に行わなければならないといったところまで言及しているものは皆無である。
無理もない。あの択一試験で課される膨大な科目を思えば、そちらに目を奪われるのは仕方のないことだ。また、20世紀までの公務員試験のイメージがいまだに残っているのだろう。
さらに言うなら、皆が人物対策に目を向けない原因として、予備校(学内講座)の影響がある(このことは別に詳述する)。

だが、現実は違った様相を見せている。一言で言えば公務員を採用する側が択一試験よりも人物試験を重視する姿勢を鮮明にしていることだ(もちろん全ての官公庁ではない。これも後述する)。
我々はまずこの現実を素直に受け止めた上で、相手(採用する側)が求めるものに直接従うべきなのではないのか(この辺りは”D.L.A.”も参照)。公務員試験受験生である”リスク”を加味するなら尚更のこと、相手の求めるものについて慎重にならねばならない。ではまずその現実を確認しつつ戦略の「概略」を示していこう。


なお、ここでは公務員試験の基本的な事柄を詳述しない。何も知らない方は

  『 受験ジャーナル特別企画① 公務員試験 学習スタートブック 』 実務教育出版

など市販の解説本を参照されよ。どこからでも容易に手に入る情報は他所で仕入れたらよい。ここでは、滅多に得られない知見を披露することに注力する。



現実に「直接」アプローチせよ

私、饗庭が公務員志望者に提示する戦略は実にシンプルである。
すなわち、採用試験の現実をありのままに見て、相手の要求するものに直接的に答える形で対策をする。その対策は以下の2点でまとめられる。

戦略<1>
対人折衝力・会議力・説明力・礼節品格など、いわゆる「社会人力」を民間企業並みに求めている役所が多くなっている以上、1次試験対策と2次~4次の人物試験の対策を対等に行う。そのために日常生活を整え、創造的な活動に取り組み、発表・討論・プレゼンを繰り返すことのできる環境を求めて、社会人になる直接的な訓練を行う。



戦略<2>
その1次試験は、『頭のいい人ではなく、たくさん問題を解いてきた人』が点数を取れるようにつくられているのだから、過去問を多く解く時間をできるだけ取る。



それぞれの説明の前に誤解のないよう言い置くが、<1>は私が監督しているワークショップの活動が有利になるように述べているのではない。事態はむしろ逆で、<1>で述べたような「択一試験の成績よりも人物試験重視」の傾向が顕著に見られたから、その現実に対応すべくワークショップが生まれたのだ(ワークショップD.L.A.に関してはHPやこのブログの関連記事を参照)。

ここで確認しておくが、人物試験とは、

  個別面接・集団面接・集団討論(グループ・ディスカッション)・小論文(論作文)・プレゼンテーション試験

などのことである。ここに「小論文(論作文)」が入っているのは、この試験が時事の知識そのものを問うのではなく、社会の諸問題に対する君自身の「見解」を問うからだ。または、君自身の体験について文章で説明するように求められることもある。



事例(近畿を中心に)

それでは<1>から述べていこう。昨今の公務員採用は人物重視の傾向が顕著である(冷静に考えれば言うのも恥ずかしくなるほど当然のことだが)。 我々が公務員試験の勉強計画を立てるのに、この現実を避けて顧みないことは危険すぎる。ではその現実をありのままに見ていこう。

人物重視で採用選考を行う最もわかりやすい例としては、択一試験を完全に廃止した

  大阪府  大阪市

の例が挙げられよう(ちなみに2012年7月時点、ワークショップD.L.A.メンバーで大阪府と大阪市それぞれを志望したメンバーが2人とも、府・市から内定をいいただいている)。これは極端な例だろうと言えなくもないが、いくつかの県庁が発表している点数を見てもその傾向は伺える。

  兵庫県:900点満点のうち人物試験は600点(面接×2、プレゼンテーション、適性検査)
  富山県:700点満点のうち人物試験は440点(論文20点、面接〔×2〕380点、討論40点)
  岡山県:720点満点のうち人物試験は500点(論文100点、面接+討論400点)
  和歌山県:3000点満点(!)のうち人物試験は2000点(論文200点、面接〔×2〕+討論1800点)

もちろん、人物試験の配点がちょうど50%の福井県、50%以下の広島県や福島県などの例もある。詳しくは先述の『受験ジャーナル』などを参照して欲しいが、概ね人物試験の配分を60%~80%にしているところが多い。
また、

  京都府  滋賀県

は配点を発表していないが、1次試験から面接が組み込まれている。択一試験の成績で面接の対象者が選定されているとはいえ、1次試験の合否に面接(滋賀は個別)を加味するのである。そして、改めて2次試験で個別面接や集団討論・論文を行うのだから、やはり京都・滋賀も人物重視と言わざるを得ない。京都府はリセット方式、つまり最終合格者を2次試験の結果に基づき決定する( = 択一試験の点数は最終選考で考慮されない)のだから尚更だ。

来年(2013年度)は東京都でもⅠ類Bにて一部の枠で択一試験を廃する予定である。

政令指定都市でも事情は似ている。
先の大阪市に加えて

  京都市

は、京都府と同じように(択一試験の成績で面接の対象者が選定されているとはいえ)1次試験の中に個別面接を組み込んだ上で1次試験合格者を決め、そののち2次・3次と2回も個別面接が課される。
また、

  堺市

は2012年度、1次試験に集団面接を含める(これも択一試験で対象者を絞る)と発表したが、実際のその中身はプレゼンテーション試験で、志望者を驚かせた(民間ではよくあることだが)。2次試験にて個別面接も行うが人物テストの全体での比率は約85%である。

  神戸市

でも面接・討論などの人物テストは全体の3分の2の配点だ。
ということで、公務員全体の8割である地方公務員、その花形である府県庁や政令指定都市の行政職は人物重視に傾きつつある。今後もこの傾向は進むと思われる(なぜ、そういえるかは以下を参照)。

ましてや、府県庁・政令市、そして民間に優秀な人材を奪われているという危機感をもつ政令指定都市以外の市役所は軒並み人物重視に傾いている。
その表れの一つが、選考受験のハードルを下げるため択一試験を教養試験だけしていることである。その教養試験も『足切り程度の役割で50%得点できていればOK』と説明会で述べる市役所や、同じく説明会にて『どうしても志望者が多いから択一試験を課しているが、それでは優秀な人材は見極められないので、その後の面接の方を重視している』とはっきり述べる市役所も出てきている。
1次試験を通常の公務員試験ではなく民間企業で用いられるSPIに切り替えてくるところも出てきた。
一方で、3次選考を設けたり、1次で面接も含めたりと、できるだけ複数回、志望者に会おうとしている市役所が増えている。まさに人物を見て優秀な人材を獲得しようとしているのだ。
むろん旧態依然としている官公庁もあるが、財政難なのに仕事は増える一方の役所では、その職務を全うしてもらうためには「志し高く、社会人力も高い」人材でなければ勤まらない状況になってきている。 択一試験が優秀なだけの人材ではどうにも使いものにならない。従来の公務員のイメージをもって志望する人々にとっては仕事がハイレベルになってきているのだ。安定だけを求めて公務員になろうとしている志望者は採用する側からすれば邪魔でしかない。(だから昨今の面接はそこを見抜こうと必死になっているので、より厳しくなっている。)



国家公務員だけを志望するのかね

公平に言おう。
国家公務員試験は以上に述べたほど人物重視ではない。国家一般職は、択一試験の配分比率が試験全体の9分の6(教養試験2+専門試験4)に対し、論文が9分の1、面接は9分の2で、人物試験(論文+面接)は全体の3分の1だ(それでも面接試験は教養試験と同配分だ)。国税専門官なら小論文すらなく、人物試験(=面接)が全体の9分の2。しかも面接は一回だ。(ちなみに、国家一般職・国税についで志望者が多い裁判所一般職は面接の比率が50%である。 )
ということで、国家一般職および国税専門官を志望にしている人に、先に挙げた戦略の<1>はあてはまらないと言えなくもない。
だが通常、これらを志望する人の大半は地方上級・市役所上級(つまりA日程・B日程と呼ばれる試験)も受けて何とか公務員になろうとしている人々であろう。国家一般職・国税を志望していても、地方公務員も志望する以上、その対策として人物試験対策を1次試験対策と対等に行うという戦略<1>を採用せざるを得ない。公務員の8割が地方公務員という現実を考えれば、国・地方の両方を受けたとして、君が地方公務員になれる確率の方が高い。ならば余計に人物対策が必要になる。
国家を志望する人の中には地方公務員をスベリ止め的な見方をする人がいるが、それは受験人生の悪しき思想であって、偏差値が存在しないうえに公務員試験は試験とはいえ採用選考なのだから、きちんと対策しなければ内定を獲得できない。それこそスベリ止めと思っている地方公務員試験で(択一試験はともかく)面接などにて思わぬ形で足下をすくわれることになる。(ちなみに国家一般職の人事院面接・官庁訪問も結構ハード。)

公平に言うなら、国税専門官のみを志望して、今年がダメなら浪人してでも再挑戦するといった人には、私が提示する戦略<1>は当てはまらない(加えて、技術系にもあまり当てはまらない話だ)。だが、それ以外の大半の公務員志望者には、とくに市役所・府県庁を優先的に志望している者なら択一試験と人物試験の対策は対等に行うべきだ。



流行する1次試験病

ここまで述べたように、採用する相手側は択一試験より人物を重視して内定者を決める。より社会人としての適性を持つ若者を採用しようとしているのである。君はそれに合わせて社会人としての適性を磨く活動をせねばならない。
この「まず相手に合わせる」という姿勢を君は見につけるべきであろう。採用選考を君の勉強の都合で勝手に解釈してはいけない。
いいか。よく理解して欲しい。社会や組織は、君の願望をかなえるために存在するのではない。まずは君が、社会や組織のために何ができるか、それを示して初めて君の希望は聞いてもらえる。
社会や組織は君以外のたくさんの人の思いで構成されている。だから自分のわがままを言わず、まずは相手に合わせる。相手の要求を叶えるよう努める必要が君にはある。そのことが本当に分かっただけでも社会人としての適性がかなり磨かれたといえよう。

ところがこれがわからない人々が大勢いる。ある意味ありがたい話だ。そういう人たちは採用から漏れ、それが分った君が内定を獲得するのだから。そのためにも、「まず相手に合わせる」ことの大切さが分かっていることを、君自身が行動で表さなければならない。それが頭で分かっていても、行動に反映されてなければ分かったことにならない。

公務員志望者に人物対策を重視せよという話をすると、口先だけでは分かったというが実際に行動しない人々が大勢いる。こういう人を私は1次試験病患者と呼んでいる。人物試験が重視されていると聞いても何ら対策を行わず、択一試験の勉強ばかりに取り組んでいる。彼らは1次試験が合格してから面接対策をすればよいと、「思い込もう」としている。この1次試験病は公務員志望者には根強くはびこっている。なぜか。これだけ点数などで明確に示されているのにも関わらず、1次試験病が蔓延するのはなぜか。以下で、その原因を示すとともに、人物試験対策に時間を掛けないことがどれほど危険かを示していく。



人物試験に対する勘違い

1次試験病にかかる原因は、やはり課せられる科目の膨大なことであろう。どうしても目の前の1次試験対策が気になり、「人物試験対策は1次が通ってからでいい。それからでも間に合う」と思い込もうとする(または根拠のない自信をもつ)のである。
また志望者がこのように思い込むことは、予備校などにとっては都合の良いことなので(記事”チョイス(公務員試験予備校)”を参照)余計に1次試験の勉強にのみ追い立てられる。
そして、1次試験病の症状、この病にかかったものは例外なくこのセリフを吐く。

 『2次対策(人物試験対策)をしても1次試験が通らなければ何もならない』

だが、この言葉は簡単に反論できる。

 「1次が通っても、2次以降が通らなければ、それこそ何もならない。」

せっかく辛い思いをして1次試験の勉強にかけた時間も努力も、そして1次合格という成果も、2次以降で落ちてしまえば、それらは全て水の泡である。こんな簡単なことがなぜ分からないのか。私はいつも言う。

 「1次と2次は対等である。」

 「択一試験対策と人物試験対策は同等に行わなければならない。」

ところが、これが腑に落ちない1次試験病患者が毎年山ほどいる。どんなに科目が膨大でも、いや膨大で大変だからこそ、その成果を無にしないために、人物試験対策が必要不可欠なのだ。ましてや相手はそちらの方を重視しているのだから尚更だ。
それをなぜ理解できないのか。それは本人の能力(目の前のことしかできない)や予備校の影響もあろう。が、根本原因はそこではない。真の原因は別にある。これは予備校ですらも勘違いしているところである。その根本原因とは何か。

それは人物試験対策が、個別面接の練習、グループ・ディスカッションへの参加、小論文を書いて添削してもらうこと、だと勘違いしているからだ。たしかに、これが人物試験対策になるのなら一次試験後に「対策」をしても間に合うように思える。

だが真実は、そうではない。真実は

社会人になる適性を示すための行動実績を意図的に作り、それに関する知識と見解、つまり教養を見につけること、およびそれを支える人格・品格を意図して自身を矯正する


ことが対策となる(この話はまた長くなるし、核心部分でもあるので、実際の人物試験対策は講義やワークショップD.L.A.の活動にて述べる)。
つまり、人間としての成長を図る若者を採用するために人物試験があり、その相手の意図に「直接」応じて、成長を図る行動を実際に起こさないといけない、ということだ。採用側からすれば、択一試験の勉強ばかりやって、それ以外の若者らしく成長を図る行動をしていない者は、要らないのだ。採用側は、人物試験によって志望者の「中身」を見ようとしているのだ。だったら、その「中身」を直接的に鍛えるべきだろう。個別面接の演習を一次試験終了後、数回やったぐらいでその「中身」が創り上げられていくと本気で思っているのかね。人間の「中身」は長い時間をかけて練り上げていくものなのではないのか。

それが分からず1次試験対策ばかりを行うと、どうなるか。話は簡単。

1次試験に合格して、はい、そこでお終い。

採用側にとって、使える人材になる努力を怠って択一試験といった机上の勉強ばかりやってきた人間は魅力的でない。それは少し相手の立場・気持ちを想像すればスグ理解できよう。仕事ができる人間を採用しようと相手側は考えているのだ。そんな相手が机の上の勉強しかしてこなかった人間を魅力的と思うかね。
それでも人物試験対策をしない人は、これまでのバイトやサークル・ボランティア経験で何とかなると思っているのだろう。
ところが、これは民間志望者でも言えることだが、これら面接三大話は若者が「好きでやったこと」なので、相手側つまり社会人はそれらをやっただけではほとんど評価しない。

それら活動が評価されず、2次以降で不採用となるとどうなるか。ダメージは1次で不採用になるより大きい。

1次は所詮、ペーパーテストでその人間の本質を表すものでないから(だから何度も言うように相手は重視していない)、志望者も落ちた自分自身を慰めるのは簡単だ。単に勉強が足らなかったと思える。それなら勉強時間を増やせば(浪人すれば)、まだチャンスがあるということだ。
ところが2次以降の場合、「君という人物を否定」されるのである。これはペーパーテストの点数の否定どころではない。君そのものを否定されるのである。それに、人の性格や能力は(ウチのワークショップD.L.A.のような厳しい訓練を意図的に行わない限り)一朝一夕に変わるものではないから、2次以降で落ちるということは、その志望先にはもう永遠に縁がないことも意味する。ダメージは1次で落ちるのとは比べものにならない。絶望である。
また、2次選考や最終選考で不採用になるということは、それだけその志望先に時間を掛けているということになるので、その面でもダメージは大きい。そのリカバリーをするための戦略も立てにくくなる。
よくある話だが、最終選考が他の役所の試験とかぶっていて、その他の試験を諦めた。その状態で、最終選考の人物試験が不合格になった場合、そのダメージはとんでもなく大きい。1つの不採用が2つ分の不採用になるのだから。これは受験機会が少ない公務員試験では致命的なダメージである。
以上、人物試験で、2次以降で不採用になるということが、どれほど恐ろしいことか、少しは理解できたであろうか。(もしそれが国税なら、人物試験を重視していないだけに最悪といえよう。)



時間がかかる

別の角度から話をしよう。最近はどこの役所も財政難とあって、公務員の世界でも非正規雇用が増えている(公務員志望者で意外とこの事実を知らない人が多い)。つまり、非正規職員でもできる仕事はすべて非正規職員に振り分けていくのだ。ということは、正規職員には正規職員しかできないことをやってもらう。それは当然、高度な仕事である。この公務員試験を通じて採用される正規職員には、そんな高度な仕事してもらうため、余計に人間力が学力とともに求められるのである。先述の通り、1次試験の段階から人物試験を組み込んでいる役所が増えているのも、そういう事情があるからだろう。だから私は言うのである。

戦略<1>
対人折衝力・会議力・説明力・礼節品格など、いわゆる「社会人力」を民間企業並みに求めている役所が多くなっている以上、1次試験対策と2次~4次の人物試験の対策を対等に行うべきである。そのために日常生活を整え、創造的な活動に取り組み、発表・討論・プレゼンを繰り返すことのできる環境を求めて、社会人になる直接的な訓練を行うべきである。



人物試験対策は択一試験対策と対等に取りくまねばならない。ましてや、人物試験対策は択一試験対策以上に時間がかかるのだから。『それはウソだ。時間なんてかからない』と思っているかね。そんな人は余程の「人格者」にちがいない。ほんの少しの対策で社会人に認めてもらえる立派な若者なのであろう。だが、そんな人格者や特別な経験をした人はごく一部で、通常は、20年以上付き合ってきた自分の性質を社会人用にシフトするわけだから、相当な時間がかかる。多くの面倒な思考や行動を積み重ねる必要があるため、相当な時間を要する。この「多くの面倒な思考や行動」に耐えてきた人間こそ相手は求めているのである。

なぜって、それは仕事というものが「多くの面倒な思考や行動」の連続だからだ。社会に出るということは面倒な事の連続なのだ(それを受け入れているからこそ子供ではとても味わえない大きな幸福、癖になる幸福もある)。

しかし考えようによっては、そういう社会人になるための「多くの思考や行動」も、大学受験よりも多くの科目に取り組まなければならない択一試験対策も、どちらも面倒であることに変わりはない。むしろ人物試験対策のための「面倒」の方が、自分自身の人間としての成長を感じられ、社会に出てからも役に立つから、まだ引き受けやすいのではないか。その意味では、発想さえ切り替え、戦略さえ上手く組み立てられれば、択一試験がそんなに得意ではない人でも、この採用選考は有利となる。(民間対策も兼ねることができるのも大きい。このことは別に詳述。)

だから、時間をかけて面倒なことをしないといけない。「自分の成長を図る行動」「相手の状況を徹底的にリサーチする行動」など、いろいろと面倒なことを、だ。そうなると余計に択一試験の対策も効率よく行わないといけない。なにせ択一試験対策も時間のかかるものだからだ。いや、これは皆よくご存知か。



相手の要求に「直接」応える

では、その択一試験の戦略についても少し述べよう。再び先の戦略を載せる。

戦略<2>
その1次試験は、『頭のいい人ではなく、たくさん問題を解いてきた人』が点数を取れるようにつくられているのだから、過去問を多く解く時間をできるだけ取る。


<2>に書いた「1次試験を作成する際の相手側の意図(その根拠)」、そして細かい戦略の立て方は講義あるいは『ローテーション法』(申し訳ないが有料記事である)を参照していただきたい。また公務員試験の場合、大学受験などとは違って、これまでの君の経験や能力・性格によって個々人の戦略はかなりバラつきが出てくる。最終的な戦略の立案(勉強計画)は個別に作成することになる。が、ここでは大体の志望者に当てはまるであろうことを述べよう。


試験には相手がいる。ある意図をもって君を試す相手が存在する。君は試される以上、相手の要求に従わなければならない。そのためにも回り道をせず、相手の要求に「直接」従う。

採用する相手側は、たくさん時間を使って勉強してきた人間を求めている。良い悪いの問題ではなく、相手は少なくとも択一試験に関しては、難しい問題を1問解ける人より、普通の問題を数多く解ける人材を求めている。

そのことは問題作成側の証言もあるのだが(『ローテーション法』参照)、発表されている過去問題をみても、そのことは伺える。過去問題を見ての通り、公務員試験の択一試験は2~3時間の間に、数多くの問題、ではなく数多くの「科目」を答えさせる。大学受験など今まで普通の若者が経験してきたペーパーテストでは考えられないことだ。そう、先ほど『たくさん時間を使って勉強してきた人間を求めている』といったが、正確には「たくさんの科目を勉強してきた人間を求めている」のである。たくさんの科目に取り組むためには、それだけのたくさんの時間を使う必要があるということである。同じ10個の問題を勉強するにしても、1科目10問と10科目10問では、その負担において後者のほうがはるかに大きい。その事は容易に想像できよう。
では、この試験形式に見られる相手の要求に「直接」合わせて勉強するとすれば、我々はどのような勉強計画をたてるべきか。『択一試験対策として本当に必要な姿勢』とはいかなるものか。それは、

一つ一つの科目の勉強時間を極端に短くして、一日にできるだけ多くの「科目」の問題を解く


というのが基本戦略となろう。もちろん本番までの期間や本人の受験経験、さらには志望先などによって、その『短く』や『多く』の実際の数値には幅があろう。が、原則として「一つ一つは短く、科目数は多く」が直接的に相手の要求に応えた形である以上、これを基本姿勢とすべきである。

もちろん、結果的に一日一週間の勉強時間は「長く」なる。(”タイム”も参照)

ちなみに上記の『極端に短く』というのは、全科目の勉強時間を時間単位で考えるのではなく、分単位で考えろということである(宣伝して本当に申し訳ないが、この辺りは『ローテーション法』を参照してくれ)。

それにしても択一試験で勉強時間をたくさん取ることを要求して、その上で人物を磨くことを要求するのだから、採用側も虫の良いことを要求するものだ。だが、この現実に文句を言っても始まらない。我々はこの不条理に耐えて生き残るために必要な行動を淡々と行うのみだ。


アウトロ、そしてリプライス、そして・・・

以上、公務員採用選考に対する戦略の「概略」として人物試験対策の重要性と、択一試験対策として本当に必要な姿勢について言及した。相手の要求に「直接」応えるよう、今ある現実に「直接」的な対策をするなら、

・人物試験対策と択一試験対策は対等に行う

・社会人に求められる力を直接的に鍛えるような活動を積極的に行う

・一日の中で意図的に多くの科目を行う

といったことを意識して君は戦略を組み、実行せねばなるまい。

詳しい戦略は講義やワークショップD.L.A.の活動に譲るが(譲らざる得ないが)、この「概略」を意識しただけでも他の公務員志望者よりは一歩抜きん出た存在となろう。なにせこの話を今読んで、その結果、公務員になるには相当な覚悟が要ることがわかっただろうから(だから公務員として生き残れる人材となれるのだ)。また、このブログの他の記事も参照して欲しい。それらやこの記事を合わせ読んで理解して欲しいことは、とにかくこの厳しい公務員採用選考を生き残るために、人とは違うこと、抜きん出た取り組みをしないといけないということだ。もし、これらの話を読んで眉間にシワを寄せるようなら、早々とこの戦場から退場したほうがいい。中途半端な覚悟で勉強に入れば、無駄にお金を費やすことになり、そして、

 抜け出せない浪人地獄に陥る

からだ。
しかし、「人物を磨く」という人間である以上避けて通れない成長を、意図的に図りさえすれば、択一試験が苦手な人にとっては、現在の状況はむしろ有利だ。そのことを知らない人が大勢いるし、今後もその状況が変わらないだろうから(予備校などの影響力や世間の偏見は強いから)余計に「君」は有利となる。どうかこのことをよく理解し、高い志をもって公務員を目指してほしい。一人でも多くの若者が真実を理解し、体現し、その若者にとって幸せな就職が実現されることを願っている。


  ↓↓

もしこの記事にて述べられていることに、うなずけるものがあるのなら、”チョイス”という記事も読んでいただきたい。”チョイス”では、以上のような戦略を採るために予備校(学内講座)は有効かについて言及する。

※ワークショップD.L.A.では「戦略策定会議」を何度か開催している。もしこのブログで示した方針やワークショップの理念に共感を覚えたなら、「戦略策定会議」に参加して私やワークショップ・メンバーに会いに来てくれ。

(2012年7月に記す)
プロフィール

饗庭 悟 : AEBASATOL

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