『孫子』の根本思想@講演録:進路と『孫子』(18)

 それでこの『必ず全きを以って』というのは、実は自分の力だけでなく相手の力も含まれているんです。今読んでいる『孫子』の第三篇目『謀攻篇』の冒頭です。


凡そ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るはこれに次ぐ。軍を全うするを上と為し、軍を破るはこれに次ぐ。旅を全うするを上と為し、旅を破るはこれに次ぐ。卒を全うするを上と為し、卒を破るはこれに次ぐ。伍を全うするを上と為し、伍を破るはこれに次ぐ。




 ここに出てくる『旅(りょ)』とか『卒』『伍』というのは軍の単位で、それぞれ五百人・百人・五人です。こういった大中小の部隊であれ相手の軍全体であれ、あるいは相手国であれ、『全うするを上と為し』『破るはこれに次ぐ』なんですね。すなわち、相手の力も丸々傷つけないまま勝つのが良くて、戦って破る、つまり相手にダメージを与えるのは次善の方法なんです。先ほど『孫子』のやり方は、殴り合いをするときに実際に殴り合わず、誘って相手を落とし穴に落とすやり方だといいましたが、『孫子』はさらに穴に落とした相手が傷つかないようネットをかけておけと言うんですね。そうしてネットに絡め取られて身動きできない相手を説得して自分の味方にしてしまう。これで自分も傷つかず、相手も傷つかず、その相手を味方にして、それで自分の力は倍になる。こういう戦い方を目指せと『孫子』は言っています。だから、力勝負ではなく策略を使うなどして、可能な限り自分の力も相手の力も保全したままにする。こうまでして傷つくのを恐れるのは、戦争が人の生き死ににかかわること、国の存亡にかかわることだからです。
 そうして、講義冒頭(※未掲載)で結論として挙げた言葉に、『孫子』の思想は集約されます。

 

百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。




 百回戦って百回勝つ、それは最善ではない。戦わずして勝つ、これこそが最善なのだ。そう言っているわけです。
 これはたとえば就職のとき、採用選考で他の応募者と戦って採用を勝ち取ることより、その会社にアルバイトで入って、その仕事を上の人に気に入ってもらうようにして、採用選考を通さず正社員に登用してもらう、そういうやり方です。転職のとき、前職を辞職し転職先を探して採用選考を受けるのではなく、前の職場にいる間に、そこでの仕事の成果を社外の人によく見えるようなやり方でアピールして、引き抜きをしてもらうやり方です。大学受験で言えば、一般入試を受けるのではなく、日頃の学校での勉強を頑張り、進路指導や担任の先生と日常からこまめにコミュニケーションを取っておき、指定校推薦枠をもらって大学に合格するやり方です。

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饗庭 悟 : AEBASATOL

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