ある野球青年の苦悶@講演録:進路と『孫子』(9)

 それでも彼は諦めません。市役所勤務、これがあくまで彼の「やりたいこと」なのですから。フリーター兼受験生生活は3年目に突入します。彼は気がつけば27歳になっていました。採用の年齢制限のこともあり、段々と後がなくなってきます。一人暮らしである彼が孤独に勉強に打ち込んでいると、ふと『27にもなって俺は一体何をやっているのだろう』という思いに駆られ、気がつけばずっとボンヤリ薄汚れたアパートの天井を眺めていたと言います。その苦しみは察するに余りあります。
 3年目の採用試験は、天が味方してくれたか、難しい筆記試験を撤廃して、ごくごく簡単な筆記テストを一次試験にする市役所が増えたこともあり、わずかながらも筆記を突破することがありました。勉強の成果も少しは出たのです。
 書店には『バカで、不良で、学校が嫌いで、先生からも嫌われいた、そんな私が一念発起して勉強して、有名大学に合格しました』、そんな武勇伝や、そんな『私』の勉強法を発表した書籍が溢れています。そんな風に一冊の本になるということは、本に書いて売れるほど、滅多にないことであることを意味します。よくあることを本にしても売れませんからね。ということは、その本に書かれてあることを現実に再現することは読者に難しい。いや読者はおろか著者本人にも難しいのではないでしょうか。
 それで彼に、ドラマティックな逆転劇はあったのでしょうか。もう皆さんお分かりだと思いますが、答えはノーです。彼はせっかくネックだった筆記試験をいくつか突破したのに、面接で駄目だったのです。経歴がダメだったのか、彼が持つ雰囲気が職員にそぐわないと思われたのか、いずれにしても彼の「やりたいこと」は実現しませんでした。
 それでも最後にチャンスが訪れました。すべての採用試験に落ちた後、補欠の募集をする市役所が一箇所だけ出ていました。もちろん彼は応募します。そこで彼はなんと最終選考まで残りました。
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饗庭 悟 : AEBASATOL

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