孫子 七.軍争(後半)

 故に兵は詐を以て立ち、利を動き、分合を以て変を為す者なり。
 故に其の疾[はや]きこと風の如く、其の徐[しずか]なることは林の如く、侵掠することは火の如く、動かざることは山の如く、知り難きことは陰の如く、動くことは雷の震うが如くにして、郷[むか]うところを指[しめ]すに衆を分かち、地を廓[ひろ]むるには利を分かち、権を懸けて而して動く。迂直の計を先知する者は、此れ軍争の法なり。
 軍政に曰わく、「言うとも相い聞えず、故に鼓鐸を為[つく]る。視[しめ]すとも相い見えず、故に旌旗を為る」と。夫れ金鼓・旌旗なる者は人の耳目を一にする所以なり。人既に専一なれば、則ち勇者も独り進むことを得ず、怯者も独り退くことを得ず。紛々紜々[ふんふんうんうん]、闘乱して見るべからず、渾渾沌沌、形円くてして敗るべからず。此れ衆を用うるの法なり。故に夜戦に火鼓多く昼戦に旌旗多きは、人の耳目を変うる所以なり。
 故に三軍には気を奪うべく、将軍には心を奪うべし。
 是の故に朝の気は鋭、昼の気は惰、暮れの気は帰。故に善く兵を用うる者は、其の鋭気を避けて其の惰帰を撃つ。此れ気を治むる者なり。
 治を以て乱を待ち、静を以て譁[か]を待つ。此れ心を治むる者なり。
 近きを以て遠きを待ち、佚を以て労を待ち、飽を以て飢を待つ。此れ力を治むる者なり。
 正々の旗を邀[むか]うること無く、堂々の陳[じん=陣]を撃つこと勿し。此れ変を治むる者なり。
 故に衆を用うるの法は、高陵には向かうこと勿かれ、背丘には逆[むか]うること勿かれ、佯[しょう]北には従うこと勿かれ、囲師には闕を遺し、帰師には遏むること勿かれ。此れ衆を用うるの法なり。


 したがって、軍事は相手を欺き、利を狙い、分散集合によって自在に変化するものなのである。
 だから、風のように走り、林のように止まり、火のように侵し、山のように動かず、陰のように消え、雷鳴のように突如現れる。行く手を示して隊を分け、支配地を広げて利を分け、策をめぐらしそして動く。迂回を直進に変える策略を相手より先に見つける、これが戦地先着の方法なのである。
 そこで昔から、声だけではお互い聞こえないから太鼓・鉦(かね)を使う。手振りだけではお互い見えないから幟(のぼり)・旗を使う。昼の戦いなら幟(のぼり)・旗を多くし、夜の戦いなら太鼓・鉦(かね)を多くする。太鼓と鉦(かね)、幟(のぼり)と旗は、皆の耳と目を統一するのである。皆がこうしてまとまり集中していれば、はやる者が独り飛び出すこともなく、臆する者が独り退いてしまうこともない。これが皆を使うやり方である。
 こうすれば、相手の気力を奪え、指揮官の判断も奪える。
 もともと朝の気力は鋭く、昼の気力は堕ち、夜には気力は萎える。だから、戦いの巧みなものは、気力の鋭いときを避け、堕ちて萎えた頃合を狙う。これが気力を利用する者のやり方だ。
 こちらは安定していて相手の混乱を待ち、こちらの静寂な心をもって相手の心のざわめき待つ。これが心を利用する者のやり方だ。
 戦地の近くにいて遠くからくる相手を待ち、安佚(あんいつ)をもって相手の疲労を待ち、満腹になって相手の飢えを待つ。これが相手の力を利用する者のやり方だ。
 整然と旗を並べてくる相手を迎え撃つことはなく、堂々と構えている相手を攻めることはしない。これが、相手の変化を待つ者のやり方である。
 高いところにいる相手に向かって攻め上がってはいけない。丘を背にしている相手を攻めてはならない。偽りの敗走をする相手を追ってはいけない。相手を包囲したときは逃げ口を残しておき、帰還しようとする相手を阻止してはならない。これが、軍を率いるときの原則である。

※上記の文章は書き下し文・訳文とも、編集者のチェックが入っておりませんので不完全です。下記の書籍を参照していただければありがたいです。

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