「投資」と「消費」@講演録(2/2)

〔 講演録(1)のつづき 〕

 ここで大事なことは「買う」という行為には2種類あるということです。
 「投資」、そして「消費」です。
 「投資」する人はその対象を慎重に選びます。なぜなら、「投資」という行為そのものは、何らの利益を生まないからです。「投資」という「買い」は少なくともその金額に見合った利益を、その場で獲得することはないのです。
 それに対して、「消費」する人は「投資」する人ほどその対象を慎重には選びません。最低限の条件さえ満たせば、同じようなものの中のどれでも良いわけです。
 たとえば、土地を買うのも新車を買うのもどちらもお金がかかります。しかし、同じ買うでも土地は投資です。新車は消費です。
 土地は同じような広さの土地が二つ以上あった場合、『同じ広さだからどっちを買っても良いや』とはなりません。駅から近いとか遠いとか、そういう立地条件を慎重に見極めて投資する土地を決めます。つまり、その違いをしっかりと見きわめて最後に一つに絞って買うのです。
 それに対して、新車の場合、どの車種を買うかで迷うことはあっても、車種が決まれば、ズラリと並ぶ同車種のピッかピかに磨かれた新車のどれでも良いわけです。
 皆さんがケータイを買うときもそうでしょう。機種に悩んでも、どの機種を買うかが決まれば、全く同じケータイが並んでいる、そのどれを選ぶかなんてどうでも良いわけです。どれもピッかピかに磨かれて、区別なんてつかないわけですから。そこで全く同じケータイの、その違いを慎重に見際めようなどとはしません。

 たとえが長くなりました。話を戻しましょう。
 このように「買う」という行為には「投資」と「消費」の2種類あり、その違いは明確なのです。それで、あなたが社会人になるということは「買われる」存在になることだというのは先ほど述べました。
 あなたは「投資」されているのでしょうか。「消費」されているのでしょうか。
 これも先ほど述べましたが、『若者の大方は、貴重な存在として社会人第一歩を踏みます』と言いました。
 そう、多くの若者は社会に出るとき、雇い主に「投資」されて社会に出るのです。
 正社員として。
 採用される時、あなたは雇い主から慎重に選ばれました。そして、あなたを貴重な存在として多数いる応募者の中から、あなたを正社員として選びました。
 企業や業界・業態にもよりますが、一人の正社員を新たに雇用した時、その「投資」から利益が発生し出すのに3年から5年かかるはかかるといわれます。つまり、最初の何年かは、新入社員一人当たりが生み出す売り上げよりも、その社員に払っている給料の方が高いということです。雇い主は、最初の数年は新入社員一人に対して赤字を出しているのです。
 それでも、若者を雇う。だから、「投資」なのです。いずれ、この会社のために大きな利益を上げてくれるだろうと、あなたのことを見込んで、最初の数年の損には目を瞑るのです。それどころか社員教育まで施してくれるのです。もちろん社員教育は直接売り上げにはつながりません。それでも行うのです。これを「投資」と言わずして何といいましょう。
 これで、新入社員に3年以内に辞められるのが企業にとってどれだけ痛手がお分かりいただけると思います。

 ここで私は再び最初の話に戻らないといけません。
 先ほど、『社会人には2種類ある。貴重な存在と、代わりがいると思われる存在の2種類が』と言いました。そして、『若者が社会に出ていきなりこの2種類に分けられるということはない』とも、『大方は、貴重な存在として社会人第一歩を踏む』とも言いました。
 『いきなり』は分けられません。『大方は』貴重な存在、つまり「投資」される存在です。
 まず、『大方は』、について話しましょう。
 社会に出る第一歩から、いきなり「投資」されることを拒否する人がいます。必然的にその若者は「消費」される存在になります。
 フリーターになるということはそういうことです。ここでフリーターという生き方が良いとか悪いとかそういうことではありません。ただ、フリーターであることは、誰にも教育してもらえない、誰にも「投資」してもらえない、自ら自分のことを『投資する価値なんて自分にはない』と宣言してしまう、したがって、『別に自分じゃなくていい、自分の代わりはいくらでもいる』と自分で言ってしまっているに等しい、そういうことだと理解すべきなのです。「消費」され、そしていつでも棄てられる可能性がある存在になるということです。
 ちなみに、その「消費」される存在すら拒否するとなると、もはやそれは社会に出ない、引きこもりになるということになります。

 さて次に、『いきなりは分けられない』、についても話しましょう。
 いや、ここまで話せばその内容はもう予想がつくでしょう。
 そう、いつまでも「投資」はしてくれないということです。雇い主から「投資」されただけの働きを見せなければ、やがて「投資」は打ち切られます。「買う」価値はないと見なされていくのです。
 そうなると『君の代わりはいくらでもいる』と言われるどころの話ではありません。『給料泥棒』と呼ばれるのです。泥棒です。
 そう、組織に害をなす犯罪者的な存在と見なされるのです。
 そう見なされた時、彼の未来に明るい日差しが見えることはありません。監獄にいるのと同じ気持ちになるでしょう。

 だから言うのです。
 社会人になるということは「買われる」存在になるということ、「投資」される存在になるということ。あなたを「買う」人、あなたに「投資」する人はやがて、その見返りを求めます。あなたはそれを「恩返し」として行えるよう働かなければならないのです。
 しかし、「投資」される存在であることは幸せなことです。あなたの価値を認められたわけですから。あなたの将来を見込まれたわけですから。
 なので、『自分は「投資」された存在』、そういう自覚はあるべきです。

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饗庭 悟 : AEBASATOL

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