就職浪人生を採用側(面接官)から見た時(3/3)@「就活ワークショップ」

<続々・就職浪人という選択>

 実は以上の内容で採用側にとって大切なことは、この部分だけです。

 「就職をわざと1年間遅らせた人、その中でその理由が再度の就活挑戦である人」は「就職を1年間遅らせるしか道は無かった人」と「同じ人種」。なぜなら、その1年間の行動実績が同じになってしまうから。

 採用側にとって、就職浪人の理由、留年の理由、もっと言えば院に進学した理由も、それなりに関心がありますが、本当に採用・不採用のポイントにするのは

「就職を1年間遅らせてまで、したことは何か」

なのです。


 しかしながら、多くの就職浪人生とって「就職を遅らせてまで、したことは」就活なのです。そうなると採用側の認識の中で、事実として捉えることは、就職浪人生はただの「就職が1年遅れた人」なのです。
 そして、「就職を1年遅らせるしか道は無かった人」は事実として去年どこの組織にも拾ってもらえなかった人物ということになり、「就職をわざと1年間遅らせた人、その中でその理由が再度の就活挑戦である人」は「就職を1年遅らせるしか道は無かった人」と結局は「同じ人種」で、1年間同じ行動を取った人物です

 そういう人たちと、新卒生を比べて、採用側はどちらにお金を支払う気になるでしょうか。どちらに『職業選択の権利』を与えるでしょうか。ひょっとしたら『権利』を与えても受け取ってくれないかもしれない、それでも与えてみようと言う気になるのはどちらでしょうか。少なくとも就職浪人の中の何人かは、一度内定を蹴ったという前歴がある、そのことを採用側が何と思うでしょうか


 このことをもう少し考える方法として、『就職浪人を選択した人』と『新卒で就職したものの1年で転職を目指している人』、この2人が面接官の前に並んだ場合、を挙げてみましょう。
 もちろん、両者とも『浪人』『転職』という行為そのものは評価の対象には成りません。しかし、この直近の1年間に何をしてきたのかと問うた場合、少なくとも転職者は、たった1年間とはいえ社会人を経験していたわけですから、その1年間の労働を「アピールポイントとして仕立て上げる可能性」は持っています

 採用側からすれば、『就職浪人を選択した人』が、この1年間で仮に何かアピールできるような行動実績があったにしても、それは「学生としての行動実績」です『転職者』が、この1年間で特にアピールできるような行動実績が無かったとしても、その1年間は「社会人としての平凡な日常」です。平凡とはいえ、それは社会人としての経験です。

 この両者を冒頭に挙げた『職業選択の権利』に当てはめて言い換えてみましょう。
 採用側からすれば、『就職浪人を選択した人』は『職業選択の権利』を与えられながらそれを「放棄」した人となります。『新卒で就職したものの1年で転職を目指している人』は『職業選択の権利』を「行使」した人です。
 「行使」したということは前進して何か新しい経験をしたということです。
 「放棄」したということはそれまでと同じ日常を繰り返したということです。
 これはそう捉えざるを得ない紛れも無い事実です。

 もし、これを読んでいる人の中で、あるいはその周囲で、就職浪人という身分を「自らの意志で選択しようとしている」、そんな人がいたら、ここで述べたことについては深く考えたほうが良いのではないでしょうか。就職浪人をした人がどんな意志や希望を持っていようとも、採用側にとっては給料というお金を支払う価値があるかどうか、そのモノサシで応募者を判断します。
 その時、どんな採用者にとっても、就職浪人を選択した人は「前進する権利を放棄した人」、そして「自分が納得するかしないかという自分の感情を優先した人」、であることが厳然たる事実となるのです。それを、就職浪人という選択をしようとしている人が明確に意識すれば、スグに計算できるでしょう。
 就職浪人した場合の「勝つ確率」を。( ⇒ 1/3 に戻る)


「たとえ間違った選択でも、それが何か新しい経験なら、それだけで十分な収穫である。」


 (台風が通過中のこの嵐の朝に、今私が顔を思い浮かべている人をはじめ、就職浪人を自らの意志で選択しようとしている人たち全員に、万感の想いを込めて以上の文章を捧げる。)

 ※ 第一志望非在論も参照されたし。

 ⇒ <就職浪人という選択> (1) (2) (3)


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